境内案内

<灯篭>
当社境内の特徴として、灯篭の多さが挙げられます。この、灯篭は、秋葉常夜灯と言って、領内・町内の安全を祈願するために、当社に奉納されたものです。ここでは、特に当社に残る、江戸時代の灯篭を紹介したいと思います。

1・大名奉納
秋葉灯篭 
右の灯篭二体                     
奉納者:三州吉田城主松平豊後守藤原資訓
年号:享保十五年(1731)
左の灯篭二体
奉納者:丹波国亀山城主青山因幡守
年号:延享四年(1748)

秋葉灯篭
奉納者:三州西尾城主松平和泉守源乗寛
年号:文化七年(1811)

秋葉灯篭
奉納者:三州西尾城主松平和泉守源乗寛
年号:享和元年(1801)
2・町衆奉納
秋葉灯篭
奉納者:成子坂町
年号:文化九年(1813)

秋葉灯篭
奉納者:神明町
年号:明和七年(1771)

秋葉灯篭         秋葉灯篭
奉納者:七軒町         
年号:嘉永七年(1854)

秋葉灯篭
奉納者:若森○太夫
年号:文政二年(1819)

由緒でも述べたように当社の起源は、元亀元年(1570)徳川家康が、家臣の奥平信昌邸に犬居の秋葉権現堂を勧請したことから始まります。ここでは、その奥平信昌について簡単に述べていきます。
<奥平信昌>
奥平信昌邸跡

奥平貞昌(信昌)は、家康の家臣で、奥方は家康の娘、亀姫(母親は築山御前)である。
貞昌は長篠城主として、有名な長篠の戦いで功績を挙げ(この戦いで、「援軍来る」と城兵に告げた鳥居強右衛門は貞昌の家臣である)、その武勇を称えられ織田信長から自らの「信」という字を一文字与えられ、信昌と改名した。また、「信」という字とともに与えられた太刀「備前一文字」は、現在国宝に指定されている。
その後、初代京都所司代を務め、奥平美作守信昌として慶長六年(1601)に美濃国加納城主として10万石を与えられた。
           参考:『長篠戦史 山方三方衆』
<境内>
当社の境内の森林は、浜松市の保護樹林に指定されており、野鳥生物の楽園となっています。

保存樹林認定

下の写真の木は、オガタマの木と言って、御神木として有名です。
オガタマの木

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